薔薇とダイヤモンド サンプル
※サンプルですので一部分を抜粋して掲載しています。
多少改行などで違う部分はありますが、内容は同じです。




漆黒の闇の中を風のように何かが駆け抜けて行く。
その風にあおられたかように雲が流れ、隙間から顔を覗かせた満月の光が、その存在を露にさせる。
豹を思わせるしなやかな肢体、月の下にありながら陽を思わせる赤銅の髪、
闇にあっても輝きを失わぬ琥珀の隻眼を持つ少年の姿がそこにあった。
この少年こそ、今巷を騒がせる正体不明・神出鬼没の怪盗『ゼロ』である。
彼にかかればどんな警備システムも意味を成さなくなってしまう程の腕前で、
数々の芸術品がいつの間にか消え失せるという事態が頻発しており、警察も手を焼いている。

そして今夜も、軽やかな身のこなしで難なく目標の建物へと侵入した少年は、狙う『お宝』へと近寄る。
「これが『狂えるアロンダイト』か」
展示されたものの中でも、ひときわ異彩を放つデザインの美術品に手を伸ばし、
意識を集中させながらそっと持ち上げる。
ヒヤリとした感触を手に感じた瞬間、少年の表情が変化を見せる。
「これって…」
「そこまでだ、怪盗ゼロ」
「―!」
背後から掛けられた声に反応するより早く、両腕を拘束され床に腹這いに押さえつけられる。
痛みを堪えて何とか首だけをひねって見上げると、
「やれやれ……君も本当に懲りない男だね」
と勝ち誇ったような笑みを口元に浮かべて、長身の男が声を掛けてくる。
―この男こそ、怪盗ゼロである少年の天敵とも言えるライバル・正義の味方『ジャスティス』と
呼ばれており、街の治安を守る為活動しているらしいが、
少年同様素性や素顔など一切不明の謎のヒーローである。
しかし、その月光を受けて光るプラチナブロンドの髪や、マスクで顔半分を隠しているものの、
切れ長で碧眼の美しい瞳とシャープな顔立ちだけでもわかるイケメンっぷりに世の女性達はメロメロで、
肩書き以外でも有名な人物なのである。
「いい加減、泥棒なんて業の深い職業から足を洗う方が身の為だぞ?」
「その泥棒が捕まえる側の言う事なんて聞くと思ってんのか」
「……そりゃそうだ」
睨む少年を見下ろして、楽しそうに肩を竦めておどける男に、実は何度も捕まって何度も逃げ出している。
…正確には『見逃してもらっている』のだが、この男は捕らえる事よりも
少年との駆け引きを楽しんでいる節がある。
「今回も偽物だった、もうここにいる意味はないし、宝は盗まないんだから…離せ、よっ!」
拘束から逃れようと身をバタつかせてもがくものの、上から体重を掛けられているだけに効果は低い。
「そうはいかない。盗みを働いた悪党にはお仕置きをしないと…ね」
「――――ッ」


(中略)


「戻って来たか…士郎」
声にハッとして顔を上げると、窓から洩れる月明かりを受けて、
透き通るような銀の髪に褐色の肌を持つ男が立っていた。
彼こそ、士郎と呼ばれた少年・怪盗ゼロの雇い主であり、
歳若い身でありながら街の権力者としても名高い実業家のアーチャー伯爵である。
ライトグレーのシャツを除いて、ネクタイやベスト・スラックスに至るまでを漆黒の色でまとめ上げ、
全体的な印象はモノトーンで味気ないにも関わらず、
本人が持つ雰囲気のせいかそれが酷くセクシーにさえ感じられ、
いまだ身の内に快楽の余韻の残る士郎は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「伯爵様…」
「ご苦労だったな、首尾はどうだ」
恭しく膝をつく士郎に歩み寄り、労りの気持ちを込めてその頭を撫でてやる。
「残念ながら、今回も偽物でした」
「そうか…」
口調は残念そうにしながらも、そう簡単に手に入る代物ではないと理解しているらしく、
その表情に落胆の色は見られない。
しかし士郎にとって期待に応えられなかった事が悔しかったらしく、ギュッと拳を握りしめる。
「次こそは、必ず……ッ!」
アーチャー伯爵の灰色の瞳を見上げ、決意を表そうと力を込めたところで、
身を襲うおぞましい感触にビクリと跳ねて言葉を失う。
「士郎…?」
様子が急変したのを見て、アーチャー伯爵が不思議そうに見下ろしてくるが、
それを悟られまいとして「何でもない」と言うものの異常は明らかで。
歯を食いしばって何かに耐えて身を震わせる士郎に、アーチャー伯爵は膝を折って視線を合わせる。
「また奴に……ジャスティスに何かされたのか」
「!?」
図星を突かれ、思わずアーチャー伯爵の顔を見ると、段々と機嫌が下降して行くのが
ありありとわかる程に表情が険しくなっていき、士郎は更に言葉を失う。
「まったく…毎度毎度邪魔をするヤツもヤツだが、それにいいようにされるお前も考えものだな」
「あ…やっ」
スルリと服の下に侵入してくる手の冷たさに、再び身体に火が点いてしまい、甘い声が零れる。






To be continued...



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